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10年前考えていたことと、今の職場への繋がり 〜東日本大震災から10年に寄せて〜

by みけねこ工房

もうすぐ東日本大震災から10年の月日が経とうとしています。私は3月11日が誕生日なのですが、あの日、32歳の誕生日をいつものように迎えるものと思っていました。

私は、10年前、医療系人材会社の社員として、渋谷2丁目の高層ビルで仕事をしていました。仕事が多忙な時期のため、アシスタントとして派遣スタッフの方を二人お願いし、慣れない業務指示などに奔走していたところでした。

午後2時47分、大きな揺れを受けて、すぐに同じ会社の仙台の拠点(前年まで一緒に働いていた先輩がいたので)に電話をしましたが既に電話は不通となってしまいました。しばらくして、近くの避難場所に集まり、上長から解散の指示が出ました。

当時は埼玉の実家から渋谷区まで1.5時間ほどかけて、通勤していましたので、この非常事態で徒歩などで帰宅するのは大変に感じました。家族の状況はすぐにわかり、父は自営業で自宅におり、母は友人と旅行中でしたが、特に怪我などはなさそうでした。一時的に同じ職場の人の知り合いのお店に待機させていただき、数時間後都内の伯父の家に身を寄せました。翌日には帰宅できそうだったので、埼玉県の自宅に帰りました。

我が家では猫を飼っており、その中で病気のため具合の悪い猫がいました。なので、その猫の安否が気になっていました。帰宅して、猫の様子をみたら具合が悪いなりに他の猫たちのことを守らなくてはという意識が働いているようでした。悪性腫瘍を患っていたので、辛かったと思いますが、他の猫たちを震災から守ったのちに、1ヶ月後に旅立ちました。

さて、10年前の震災の時には私は既にTwitterを始めていました。地震が発生してからは避難所の状況や物資の不足、自宅から出られなくなっている人の情報などが錯綜していました。有名人の方も拡散して欲しい情報を拡散してくれたりもしました。TwitterのようなSNSは遊び道具という意識がそれまで強かったのですが、震災の経験を通して、情報収集ツールとして有効だし、今後情報が集まっていく手段になるかもしれないと思いました。

それから、5年が経ちふとしたきっかけで、現在勤務している株式会社Spectee(スペクティ)に出会いました。最初はフリーランスで仕事をしていたり、派遣社員をしていたりする中で、空いている時間に働ければと思っていました。その会社が、SNS情報を収集し、社会に役立てていくという業務をしていました。私がアルバイトとして参画した2016年には主にマスコミ系企業が火事や事件事故を早期に知り、取材に役立てるために使われていました。現在は、自治体や大手の企業など、危機管理に使われれることも増えてきました。

そして、私個人としては、2017年4月から他の仕事を整理し、スペクティに正社員として参画しました。その後、開発チームのアシスタントを経て、自身の希望から開発者としての第一歩を歩むことになりました。現在は、主にバックエンド系のエンジニアとして働いています。まだまだ未熟なwebエンジニアではありますが、様々な偶然や自身の興味が重なって現状があると考えています。

10年前にSNSの拡散力だったり、ポテンシャルだったりに衝撃を受けた私が、今スペクティで働いているのは必然なのかなと最近は思っています。

末筆ですが、10年前の震災で被害に遭われた方に対し、心よりご冥福を申し上げます。

3月8日 みけねこ工房

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